今日は何の日

2月1日自由の日、奴隷制度全廃がリンカーンによって著名された

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性奴隷と言う表現を使う韓国

近年特に韓国との間で問題となっている慰安婦

慰安婦の実態が奴隷でないことは明らかです。

しかし、いつまでも表現を変えない韓国!

そもそも奴隷制度ってどんなことなのでしょうか?

少し調べて見ました。

奴隷制度

奴隷(どれい)とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者を言う。人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた。奴隷を許容する社会制度を特に奴隷制という。

出典:ウィキペディア

1865年アメリカで奴隷制度全廃

1861年~1985年にかけて、アメリカ唯一の内戦だった、南北戦争が行われました。

主な原因は二つ

1.南部地区は輸入中心経済だったので、で関税を低く抑えたかった。

北部地区は工業化を推進するために、関税を高くして産業を保護したかっ た。

2.南部は黒人奴隷を使った綿花栽培のプランテーションが盛んだった。

北部は、工業化が進み産業革命と同じで労働力が不足していた。

そこで南部の奴隷を解放することで黒人を雇い入れ、労働力とするつもり だった。

つまり、経済的な理由で対立し、その結果として黒人解放という名の奴隷制度廃止が決まったのです。

決して奴隷の自由を勝ち取るための戦争ではなかったのです。

アメリカは伝統がなく、寄せ集めの移民国家でした。

経済問題・利害関係が全てに優先したのでしょう。

アメリカの奴隷制度を見ると、人と言うより家畜扱いに見えます。

差別が激しかったのも、頷ける話しです。

アメリカ人が韓国人のいう「性奴隷」に不自然な反応をするのは、自分たちが過去に行ってきた奴隷制度の記憶が甦るからでしょうか?

ヨーロッパの奴隷制度

古代ギリシャやローマにも奴隷制度がありました。

古代ギリシャでは「ものを言う道具」、古代ローマでは「自分の運命を決める権利の無い人」という位置づけだそうです。

区分認識として、奴隷貿易時代と植民地時代は異なります。

そもそも奴隷貿易は、奴隷商人とアフリカ人奴隷狩りの取引が始まりです。

アフリカでは部族間抗争の敗者は皆殺しか奴隷でした。

これは大陸ではごく普通のことです。

アフリカ人奴隷狩りたちは大変裕福な生活をしていました。

アフリカはその当時はまだ、白人の支配下にはなくむしろ強大な力さえ持っていました。

この奴隷貿易が効率化するのがカトリック宣教師の参入からです。

カトリック宣教師たちの活躍のおかげで三角貿易(奴隷・銃・砂糖など)が成立し、富の蓄積がおこります。

彼らは、布教が目的なのか、お金が目的なのか分からないほどです。

そして最後は、植民地支配の先兵・手先と成り下がります。

三角貿易による富の蓄積の結果としてイギリスで産業革命が起こります。

ここでも労働力と購買力(市場)の必要性が高まります。

結果、イギリスは購買の担い手を期待して、奴隷を解放します。

少し前までの移民と似ています。

労働力確保と、市場の拡大を目指したわけです。

そもそもヨーロッパでは、後年において 奴隷は非常に大切に扱われていたようです。

確かに主人の私有財産ですが、高額な商品のために大事にされました。

そのため普通の貧民よりもむしろよい生活を送っていたぐらいです。

一例を挙げれば、裕福な家族が奴隷を買い、その奴隷に自分の店や企業を任せることが普通に行われていました。

奴隷の店長ですね。

店長の下で働くのは、奴隷もいたでしょうが、普通の一般人もたくさんいました。

奴隷の下で働くことを受け入れられていた社会がヨーロッパにはありました。

地域によっては奴隷が家族よりも先に食事を済ませるところもあったはずです。

ほとんどのヨーロッパ社会で奴隷解放が行われた中、結局ヨーロッパで最後まで奴隷を使っていたのが、教会や修道院です。

ポルトガルで売買され、ヨーロッパ中の教会や修道院が奴隷を最後の最後まで使用していました。

彼らにとっての「人間」「愛の対象」の定義を聞いてみたいです。

白人のキリスト教と原始キリスト教は別物だと思います。

日本における奴隷

身分制度として、奴婢という存在がありました。

江戸時代には罪人の家族は奴婢にされました。

ちなみに、徳川4代将軍の生母は奴婢です。

江戸時代に出島でポルトガル人たちの奴隷への扱いが醜いことが、記録としてたくさん残っています。

日本人は彼らを嫌っていました。

南蛮人(南から来る野蛮人)とはよくいったものです

日本人が海外に奴隷として売られたケースもたくさんありました。

キリスト教禁止の最大の理由は、彼らが日本人奴隷売買を行っていたからです。

キリシタン大名や伊達政宗もかなりの数の日本人を奴隷として海外へ売り飛ばしています。

「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。

キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。

『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』と。

日本のカトリック教徒たち(プロテスタントもふくめて)は、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。

数千万人の黒人奴隷がアメリカ大陸に運ばれ、数百万人の原住民が殺され、数十万人の日本娘が世界中に売られた事実を、今こそ、日本のキリスト教徒たちは考え、語り継がれよ。その勇気があれぱの話だが」。

引用:鬼塚英昭著「天皇のロザリオ

性奴隷というセンセーショナルな言葉

性奴隷という言葉を使う理由を考えてみました

1.日本人を貶めるため

2.世界の同情をひくため

3.加害者と被害者の立場を創り出すため

4.人権問題を装い、特に女性の支持を得るため

慰安婦が奴隷でない事を示す資料を示していきたいと思っています。

これは日本人同士の問題ではなく、精神構造の異なる民族との問題だと言うことを理解しないとウソが既成事実化してしまいます。

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