10月25日島原の乱の日:ただの一揆を宗教戦争にしたキリシタン

essay

なぜ島原の乱は起きたのか

 

非常に重要なポイントです。

島原の乱は日本最大の一揆といわれています。

37000人にも及ぶ住民が惨殺されています。

  • 住民への過酷な重税(実際の石高の2倍分払わされたため、ほぼ収穫の全量を年貢として納めた)
  • 飢餓の発生
  • キリシタン弾圧

 

本来は飢え苦しむ農民らの一揆でしかありませんでした。

そこへ、以前の領主(キリシタン大名)の浪人たちが加勢します。

そして、キリシタンが全面に出てきてしまいます。

日本においても宗教戦争は皆殺しにしないと収まらないという認識が出来ていたのでしょう。

それほど秀吉・家康はキリシタンを恐れていました。

彼らは世界情勢を詳しく知っていました。

 

実際、キリシタンで無ければ許すから降伏しろと何度も問いかけています。

無理矢理つれていかれた住民もかなりいたと言われています。

神がぜったいですから。

 

ちなみに、カトリックでも島原の乱は一揆で有り、宗教弾圧の面は少ないという判断をしているようです。

 

なぜキリシタン弾圧が行われたのか

 

当時世界では、武力による侵略と宗教を使った洗脳で支配する植民地化が進んでいました。

世界の土地は取り合いの場でしかありません。

白人以外は野獣と同じ扱いです。

 

当時の日本では火薬を作れませんでした。

鉄砲製造は世界的水準で行われていましたが、火薬が無ければ意味がありません。

では、どうしたのか?

 

日本女性を中心に樽詰めの火薬と50人ほどの日本人を交換されていました。

当時の日本には奴隷という概念がありません。

せいぜい年季奉公のつもりで、海外へ向かわされました。

二度と日本の土を踏めないとも知らずに・・・・

 

天正少年使節団の日記には、行く先々の港で酷い扱いを受けている日本女性の話がたくさん出てきます。

延々とローマまで・・・

かなり憤っています。

当然の感情だと思います。

 

しかし誰かが、なかば公然と奴隷貿易をしていた結果でしかありません。

キリシタン大名に特に奴隷貿易をしたモノが多かったようです。

火薬を買った日本人大名の側にも奴隷の概念が無かったと思われます。

自分の妻を差し出した大名もいたようです。

 

島原の乱で一揆側には大量の銃がありました。

また、城内では足手まといは容赦無く殺されていたようです。

 

キリスト教の人間感が判ります。

カトリックは平然と奴隷を使役していました。

奴隷貿易にも積極的に加担していました。

 

秀吉、家康といった優秀な指導者のおかげで日本は欧米からの侵略を防げたのです。

奴隷にならずに済みました。

 

 

もし、キリシタンが全面に出てこなければ・・・

37000人もの人が殺されることはなかったでしょう。

宗教団体は罪深い存在です。

 

島原の乱、その後

 

島原の乱の直接の原因が、不当な重税だとわかってから、二人の領主はともに処分されています。

また、幕府直轄となり、優秀な人材を派遣されているようです。

 

なぜ踏み絵を踏めないのか?

 

遠藤周作原作『沈黙』宗教とはなにか?神は何故応えないのか?死ぬ瞬間に人は誰を選ぶのか?

2018.10.16

ただの絵では無いですか!

何故踏めない!

キリストが書いたモノでもなく、キリスト自身でもなく、カトリックの価値観で築き上げられた物質的価値でしか無いのに・・・・

そんなくだらない事が信仰の証だから、キリストのこころが伝わらないのでは!

 

 

最後までお読み頂きましてありがとうございました。

 

 

ヘレニウム 花言葉:寛容

庚寅

 

 

投稿者プロフィール

大橋雅夫
大橋雅夫respect justice
鎌倉生まれの湘南育ちです。
60才を越えましたが、まだまだ好奇心旺盛です!

このブログでは、『知らないではすまされない事を、お知らせしていく』がメインテーマになっています。

いわゆる情弱で損をさせられている人が一人でも救済されますことを願って、ブログを書き続けていきます。


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