好き嫌いは自分らしさ、「他者は自分の鏡」というけれどすべてを映し出しているわけではない




好き嫌いがある自分を

もしも責めている人がいるならば、

責める必要はないのでは、というお話です。

とはいえ、好き嫌いがあることで

返ってもやもやするものが

あるのも事実。

では、いろんな気持ちが

混ぜこぜになっている「好き嫌い」を

少しばかり整理してみたいと思います。

 

好き嫌いの種類

好き嫌いの種類にはいくつかの

種類があると思います。

よく、『人は自分の鏡である』

と言います。

自分が好きな人と自分が鏡だ

といわれれば

「あの人と似てる部分があって嬉しい」

と思うでしょうし

逆に苦手だ、嫌いだと思っている人と

自分の鏡だなんて言われたあかつきには

「そんなことあるかい!」

と否定したくなるのではないでしょうか。

 

心理学用語で『投影』という

ものがあります。

これは、自分の中に認めたくない

感情や欲求を、他者の嫌な部分として

感じてしまう現象のことを言うそうです。

 

人に対する好き嫌いの感情は

自分が持っているものの「写し」。

そういう意味で、

人は自分の「鏡」であると

表現されているのでしょう。

 

と言っても

好き嫌いのすべてが自分の投影では

ないはずです。

 

好き嫌いというテーマを取り上げた理由

好き嫌い 投影

ところで今回なぜ

私がこのテーマを取り上げたかというと

自分の好き嫌いが激しいので

それは一体どこから来ているんだろうと

ずっと考えて来たからです。

投影は一部思い当たる節はあるのですが

全部ではないよなと、

投影に当てはまらないものは何だろう?

と考えてみました。

好き嫌いの種類を3つに分けてみました。

1)投影による好き嫌い

2)人と自分を切り分けられずに感じる好き嫌い

3)自分らしさを表す好き嫌い

投影による好き嫌い

好き嫌いがあることで

自分自身が苦しく感じることは

ないでしょうか。

苦しく感じているけど

それが好き嫌いによるものと

自覚しない場合もあるでしょう。

人をジャッジしているその物差しで

自分もジャッジしています。

ジャッジ 秤 計る 投影

だから、人の批判をしている時

自分自身も傷つきます。

自分が傷ついていることには気づかないけど

どこかでざわざわが心地悪い、

心地悪さを修復するために、

更に批判を強めて、自分の心を保とうとする

そんなことも時にはあるように思います。

誰かを拒否するということが

結局、自分自身を拒否していることが

ある、かも。

 

批判や非難のすべてが

「自分を傷つける行為」

ではありませんが、

少なくとも自分も傷ついている場合は、

「投影」なのではないか、

と思います。

とはいえ、人を批判しながら、実は

自分も傷ついていることを自覚できる

ことは、非常に少ないとは思います。

自分の中の投影は自分で気づけるか

ところで、

「あなたは、自分の中にある

認めたくない感情や欲求を

他者に映し出して見ている」

と言われたら、どう感じるでしょうか?

思い当たる部分もあれば

「何言ってんのん?」と

全く分からない場合も

あるはずです。

私は「意味わからない」と

思う部分の方が多かったです。

 

無意識領域のことですから

自分で気づきたくても、

分かりません。

ましてやタイミングを外した

人からの指摘には、拒否感さえ

覚えることも。

好き嫌い 投影

人には誰しも「気づきたくない」

モノを持っています。

私は気づけるものなら何でも

気づきたい!と思ってると

思ってきましたが、

それは意識できる領域で

思っていることで

無意識の領域では

「気づきたくないこと」

もきっとあるんでしょうね。

自分では意識できない世界ですから。

他者と自分を切り分けられない好き嫌い

さて、では次

自分で考えてみた好き嫌いの2種類目、

自分と他人を切り分けられないために

出て来る好き嫌いについて。

 

自分と他人を切り分けられないと

「なんで、あの人ってこうなの?

ああなの?そうなの?」

と思ったりします。

よくある分かりやすい現象は、

有名人のスキャンダルなど。

そういった類の話題は

日常茶飯事で、珍しくもない話ですが

そこまで叩くことはないだろう

というくらい、過剰反応する話題って

ありますよね。

ネタにされたのはその人であって、

それがあなたとどんな関係がある?

ということに、人は反応します。

反応するのは自由ですが

あきらかに叩き過ぎと感じることも

少なくありません。

分かりやすい例を上げましたが

こういうことは、日常レベル

小さいレベルで結構見受けられる

現象だと思います。

 

これから生じる好き嫌いは

「人は人、自分は自分

その人はそれが良いと

思っているのだから」

と認識することで、好き嫌いの

感情は大分軽減されると思います。

実際私もそう思うことで、

大分楽になりました。

 

最後に残った好き嫌い

他者と自分を切り分けられない好き嫌い

これは、自分と人を切り分けて

自分を認め、他者も認めることで

かなり減らすことが出来る。

では、最後に残った好き嫌いは何か。

それは、

自分自身の価値観の表れ、

自分らしさであって、

変える必要のないもの、

今は変える必要を感じていないもの。

自分が自分であるゆえんとも

言えるのでしょうか。

 

だから、最後に残った好き嫌いは

大切にしてよいもの。

他者を傷つけるものでない限り

それは大事にしたらいい

そう思いました。

好き嫌いへの刷り込み

私は心のどこかに

「好き嫌いはいけないことだ」

という刷り込みがあります。

だから、好き嫌いを持っている

自分を変えようとしましたし

自分がいけないんだと責めたりも

しましたが、

いろいろそぎ落として

最後に残ったもの、

それは残しておいても良いもの

と思えた時、とても楽になりました。

 

人は好き嫌いで生きている

鏡 好き嫌い 投影

好き嫌いがあってはいけない

というのは、あるひとつの考え方であり

それが100%間違っているわけでは

ありません。100%正しいわけでもないのと

同じように。

よくよく考えれば、

私たちは「好き嫌い」を基準に

モノを選び、瞬間瞬間の選択を

しているという言い方も出来ます。

そう思えば、好き嫌いとは

その人自身を構築している基準

と言えるのは当然のことなのかも

しれません。

 

問題は、その良くも悪くもない

好き嫌いという基準によって

トラブルが生じること、

誰かを傷つけたり

事件を起こしたりすること。

好き嫌いから起きるある種の

行動、表れ方に問題があるかどうかを

見極め、自制すればいいのであって

好き嫌いそのものを否定する必要は

ないのだ、

と言う結論に至り、

今日もまだ自分を

慰め励ますのでありました。

 

心のクセ、思い込み、刷り込みから

自由になるために。

投稿者プロフィール

SATOKO~芥川智子
SATOKO~芥川智子Diet & Mental ; Puriet Counselor
主婦であり母である生活者、家庭経営者として、
当ブログでは主に心についての記事を書いています。

心の相談室 Counseling Salon Dressy
https://salondressy.wixsite.com/dressy

心と身体の健康を中心とした個人ブログ
http://blog.puriet.com/

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主婦であり母である生活者、家庭経営者として、 当ブログでは主に心についての記事を書いています。 心の相談室 Counseling Salon Dressy https://salondressy.wixsite.com/dressy 心と身体の健康を中心とした個人ブログ http://blog.puriet.com/ ◆問い合わせ◆ 相談等、お気軽にお問い合わせください。 purietstyle@puriet.com