神の御心といえば宗教になり人生を語れば哲学になり人を癒やせば医療になる

essay

イエスも釈迦も多くの真理の語り部に過ぎない

2000年以上前の混沌としてまだ地球が球形だとさえ判らなかった時代。

イエスの語った真理は現代の価値観からしても素晴らしいモノです。

むしろ現代の価値観の礎を造った存在だとさえ思っています。

そして当時の人たちが簡単には受け入れられないのも無理が無いと思います。

 

私はイエスや釈迦の教えの大半を受け入れています。

特に釈迦の考え方は自然と心に入ってきます。

それは現代を生きているからかもしれません。

私が当時の人だったら、頭の堅い私は受け入れたかどうか疑問です。

釈迦は特に哲学的で有り、宗教家としてとらえられている現代を天より眺めてどう思っているのか気になります。

釈迦の教えを列挙するのは目的で無いので止めます。

ただし感銘を受ける事柄が多いので時々ブログで書こうと思っています。

 

釈迦の教えはシンプルな表現であるが結え深淵で生涯を通じて道しるべとなり得ます。

まさに哲学。

そして病んだ心に響けば医療。

死への安らぎが訪れればそれは宗教。

 

私はそのように思います。

 

 

イエスは少なくとも天に父がいるはずです。

神としての父が。

ところが聖書には「私は主」だと書かれています。

主とはおそらくは、神であり王であり精霊も含まれるのかもしれません。

三位一体理論も2000年の間のつじつま合わせの結果でしょう。

 

主であり、神であり、精霊天使が一体だとします。

そして別にも存在する。

なんだか量子力学的ですね。

 

  • キリスト教団の人たちには天照大神やスサノオやつくよみも精霊と考えられないのでしょうか?
  • 他の原始宗教の神達も精霊と思わないのでしょうか?
  • そもそもイエスはユダヤ教を否定したのでしょうか?
  • 少なくとも生まれたときからイエス本人が洗礼を受けるまでは、ユダヤ教徒だったのでは?

 

イエスの教えの本質は「愛」それも「他者への愛」だと私は思っていました。

聖書を読んだことがありませんので、感覚だけです。

最も聖書は聖職者にとって都合のよい書物だと思っていますから読む気もしませんけれども。

 

愛は人生の基本・・・・哲学

愛は人を癒やす・・・・医療

愛は人を救う・・・・・宗教

 

イエスが主であると語ったという最重要証言がヨハネぐらいだけだとしたら・・・・

 

イエスは人として人を愛したはずです。

だからマグダラのマリアを愛した。

愛の結晶の一つが子供だとして、イエスに子供がいない理由がわかりません。

 

全能であり創造主である神が、人間の苦悩を背負って処刑される理由もわかりません。

あれから2000年以上過ぎた現在でも、人の苦悩は消え失せてはいません。

 

復活した後、また死んだ話も聴いていません。

 

当たり前です。

 

これはキリスト教団にハッキリ言いたいことの一つです。

イエスをジョナサンに置き換えると私の言いたいことが伝わりそうです。

もちろん私の独善的思考です。

 

イエスは人として生まれ、人普遍の真理(宇宙の真理)「愛」を説き、当時の価値観を覆すために尽力し、人を愛し、マグダラのマリアを愛し、直弟子の裏切りを背負って人として死んでいった偉人です。

人として生きたイエスは、母マリアも父ヨゼフも兄弟も愛したはずです。

その点を否定あるいは隠蔽するならばもはや陰謀集団としかいえません。

少なくとも人の道を説くのは止めるべきです!

 

私が宗教を語る上での前提:何で宗教団体が大嫌いなのか?

新版「かもめのジョナサン」を読んで

投稿者プロフィール

大橋雅夫
大橋雅夫respect justice
鎌倉生まれの湘南育ちです。
60才を越えましたが、まだまだ好奇心旺盛です!

このブログでは、『知らないではすまされない事を、お知らせしていく』がメインテーマになっています。

いわゆる情弱で損をさせられている人が一人でも救済されますことを願って、ブログを書き続けていきます。


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