自然に還るということの意義/海洋散骨

ご訪問いただきましてありがとうございます。

今回のテーマは「土に還る」「海に還る」ことは生命体の一つである人間として当然の義務では無いかと考えていることをお話しいたします。

皆さんはお墓の石室をご覧になったことがあるでしょうか?
骨壺のまま納骨されています。
お墓の石室の規模によって納骨できる骨壺の数に限りがあります。。

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さて石室で永眠されている(私に云わせれば無管理の保管ですが)遺骨は最終的にどうなるのでしょうか?

当然、骨壺の中でそのまま湿気に耐えて定員いっぱいになるのを待っています。
今の世の中では、墓じまいや墓の放棄、後継者不在の事態が生じたりします。

その場合、お墓や遺骨はどうなると思いますか?
たぶん皆様の想像の範囲内で処理されます。
「坊主丸儲け」のいわれの一つですね。

 

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私が「土に還る」「海に還る」義務があると思う理由とは・・・

私は実は輪廻転生を受け入れています。
生命(精神)が輪廻転生するのですから、肉体(実体)も自然のサイクルに身を任せるべきだと思うからです。

太古の昔以来、人類は土葬などの自然葬によって完全に自然のサイクルに身をゆだねてきました。

動物も植物も生命体は皆同じ宿命を持っています。

 

近代では衛生上の理由から日本では火葬が原則義務づけられています。

それでも、土や海に触れればいずれは微生物が骨を分解してカルシウムなどとなり地球に貢献できます。

ところが石室に骨壺のまま納骨されてしまうとリサイクルが滞ってしまうのです。

 

輪廻転生が教義のバラモン教の元にお生まれになった釈迦の教えが仏教なはずです。

そう考えれば、お墓が無いことは仏教徒でも問題ないと思います。

 

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お墓が無いことへの心の負担が、和らいだでしょうか?
海に還ることも自然なのだと伝わりましたでしょうか?
少しでもお役に立てましたら幸いです。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。
オオハシマサオ