『納骨をしないことへの心の負担』は無意味:宗教ビジネスの犠牲になってはいけない/海洋散骨

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今回のテーマは『納骨をしないことへの心の負担』

私の主張
1.遺骨だけに意味があるわけがない。
2.納骨の儀式は貴方の心の負荷を納めること
3.心穏やかに心の負荷が納められるならばお墓は不要
4.故人への悲しみは儀式では癒やされない

 

『納骨をしないことへの心の負担』

1.遺骨は遺骨

 

遺体の中で骨だけが中々、カルシウムに戻って土に還りません。

粉骨されていれば違いますが、土葬では骨の形を長期間維持してしまいます。

そのため、遺骨への畏敬の念が生じるのは理解できます。

 

では、遺骨だけが『人』の価値を永遠に残す存在なのでしょうか。

科学的なことは別にして、『人』は『精神』と『肉体』で成立しています。

死後は骨だけに『心』が宿り続けていく訳がありません。

 

宗派によっては、死の瞬間とともに輪廻転生すると言います。

真偽はともかく、『心』が死後いつまでも肉体(骨)に付随しているというならば、私たちはその『心』を焼き尽くすわけです。

『荼毘に付す』のは故人の癒やしでは無く、火刑に近い行為なのでしょうか。

 

結論を言います。

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『遺骨は遺骨でしかない』

 

 

2.納骨式に限らずお墓に納めるのは、貴方の故人に対する『悲しみ』です。

お墓に納めるのは『故人への想い』ではありません。

『故人への想い』『故人への思い出』は、心の中にいつまでもそっとおいておくことが出来るからです。

つまり納める必要性が全くない事柄です。

 

人は儀式などの区切りで気持ちを整理することが多いと思います。

お葬式とそれに続く納骨の儀式は、心の区切りをつけるために存在していると思っています。

 

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『心の整理・区切り』がつけば、葬儀の形式はどうでも良い

 

 

3.そもそもお墓は必須なのか

人類全てに人類誕生からお墓が維持管理されていたら、今頃地球はお墓で埋まっています。

お墓のない家系、お墓が何らかの理由で壊された家系の人は、呪われてでもいるのでしょうか。

 

宗教団体が地獄などの恐怖を煽る行為は、恐喝となんら変わりません。

そもそも地獄へ行くという宗教家は地獄へ行ったことがある人なはずです。

存在を知っているのですから・・・・・

 

そんな地獄へ行ったことがある宗教家の言うことなど、価値がありません。

殺人者などの犯罪者の支持を貴方は受け入れるのですか。

私ならばお断りです。

 

釈迦やキリストが地獄について言及したのか解りませんが、全ての人の救済を願う存在だと思っています。

そんな救済者が地獄を知っているとは思えません。

 

私は、今の宗教団体は釈迦やキリストとは無関係だと思っています。

 

 

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『お墓は必須ではなく、むしろ地球環境に悪影響』

 

 

4.死への悲しみは、時間と心の癒やしが必要

 

高齢の方がなくなっても思い出話に花が咲く程度です。

しかし、大切な家族の不慮の死や子に先立たれた遺族の悲しみは大変なモノがあるでしょう。

私の父母も娘に先立たれ、冷静な判断が出来ない部分がありました。

 

死への悲しみはお葬式などの儀式では癒やされません。

一連の儀式で癒やされないのですから、スケジュール化されている葬儀関連儀式は死への悲しみが深い遺族にとって無価値です。

むしろ儀式の度に悲しみがぶり返すのではないでしょうか。

 

悲しみが癒えるのは時間と心のケアによると思います。

遺族ごとに、癒やしの時間と空間が異なることの方が自然だと思います。

 

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『悲しむ間もなく儀式に追い立てる今の葬儀の在り方はおかしい』

 

 

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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