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例え誰にも気づいてもらえなかったとしても

すごく頑張ったのに

その努力が認めて貰えないと

感じた時、とても寂しい思いを

したこと、誰しも少しはあるかと思います。

 

自分の動機を純化していくには、

そんなところを通ることも

必要なんだと思います。

いったい何の欲求を満たしたい

ためにやったのか、

自分が本当に求めているものは

なんなのか、

に気づいていく大事な

プロセス。

 

これははるか昔の

出来事なのですが、

そんなふうに落ち込んだ時

とても励まされたことが

あったので、シェアしたいと

思います。

 

私はある時、ある人のために

凄く仕事を頑張りました。

(賃金の発生しないボランティアですが)

「スゴイ、こんなにやってくれたんだ

私のために!!嬉しい」

その一言が欲しくて頑張ったあること。

 

しかし、ことが終了し、

いよいよその人が声をかけてくれる

かと待っていた時、

「お疲れ様~、またね~」

 

え??それで終わり??

これをやってね、と頼まれたので

凄く工夫してやったのに・・・。

その日はもともと行けない予定

だったところを、頼まれたから

無理して行ったのに・・・。

しかも大工夫してことに臨んだのに・・・。

なのに、

「お疲れさま~。またね~!」

って

 

 

がっくし。

私はその日から数日

悲しくて超どんよりしていました。

 

そんなどんよりしていた時、

友達から

「ちょっと実験の被験者になって

貰いたいんだけど、

研究室に来てもらえる?」

と声がかかりました。

気晴らしにもなるし

快く引き受け、彼女の研究室に

行きました。

そこは、ビルの最上階。

「ちょっと待っててね、準備するから」

空しか見えない見晴らしの良さ。

私は欝々とした気分を

晴らせるかもしれないと

窓から外を見ました。

が、ふと視線を下に落とすと

そこには・・・。

 

ビルの下には、沢山の人が

歩いています。

が、ひとつ階層の低いビルが見え

そのビルの屋上には

一人の人が作業をしていました。

私から見えるのは、

地上を歩く沢山の人と

たった一人の作業員。

作業員は、私以外には誰にも

見られることのない低層階屋上で

たったひとり、

ひたすら黙々と自分がなすべき

作業に取り組んでいたのです。

 

「この人、誰にも見られていないけど

普通にやってる。当たり前のように。

私も自分の役目をこんな心境で出来ていたら

こんなに落ち込むことはないんだろうな」

 

そう思うと、熱いものが

込み上げてきました。

 

たった一人、自分がやるべき

ことを人知れずやっている人。

その後ろ姿は美しく、私の心を

打ちました。

そして思いました。

姿を見て一番喜ぶのは誰だろう。

私が神だったら、この人にとても

報いたいと思うだろうな。

誰かの評価賞賛を受けていれば

私(神)がそれをする必要はない、

けど、

賞賛を得るべきこの隠れた行いこそ

人々が見るべきもの。

「火をともした燭台を

人の目に付かない場所に置くのではなく、

光を照らすために人前に出すのは

神である。」

そんな話を聖書で読んだことがありますが

そのストーリーが

リアルに浮かび上がってきたのです。

 

私は確かにその人に喜んで

貰いたかった。

その人からの声掛けが欲しかった。

どんな小さな言葉でもいい、

「来てくれてありがとう」

そんな、

「あなたのことを

心に留めているよ」

という気持ちが欲しかった。

 

人間関係において

そういう一言を掛けられるか

掛けられないかは、ものすごく

大きいと思います。

 

自分も、気づく範囲では

声掛けを心掛けていますが、

それでも人の心が分からない

場面は沢山。

いろいろな事情、

様々な状況によって

声を掛けたくてもかけられない

こともあるでしょう。

 

でも、

自分が声を掛けられたい

けど、

欲しい反応、いたわりの言葉

労をねぎらう言葉がなかった時・・・

 

私はいつもはるか昔の

あの光景を思いだすのです。

「私のしたことは一体誰のため?」

「究極的に誰が喜んでくれればいい?」

人が気づかずとも、天(神とか宇宙とか)が

見落とすことは何一つない。

「髪の毛の一本さえ、数えられていない

ものはない」

「ススメ1匹さえ、神に知られずに

死ぬことは無い」

そんなことも聖書に書かれているのを

読んだことがありますが、

それはきっとそうなんでしょうね。

ならばどんな小さな行いも、

天が知らないものはなく、

どんな小さな言葉にならない思いも

神に知られていないものはない。

 

・・・といっても、

やはり人は人のぬくもりが欲しいもの。

人から目を留められること

人に分かってもらうこと。

人は人との関係の中で

生きていますから、どうしても

そういうものが必要です。

食べ物の栄養も必要ですが

それ以上に人からの愛、承認が

必要なんですね。

 

自分が寂しい時、悲しい時

誰からも言葉をかけて貰えなかった時、

誰が知らなくてもあなたをよく知っている

目に見えない存在があると思えるのは

幸いです。

 

そして、だからこそ、

あなたの周りの誰かも、

そういう思いをしているかもしれない

と思いだしてみるだけで、

誰かの救いになるかもしれません。

例え目に見えず、耳に聞こえずとも、

信号や波長は伝わりますからね。

 

そして、寂しかったあなたも

きっとどこかのタイミングで

慰めや励ましのメッセージを

何らかの形で必ず受け取るはず。

例え欲しい人から貰えなくても、

別の形で必ずあなたのもとに

来るでしょう。

投稿者プロフィール

SATOKO~芥川智子
SATOKO~芥川智子Diet & Mental ; Puriet Counselor
主婦であり母である生活者、家庭経営者として、 当ブログでは主に心についての記事を書いています。 心の相談室 Counseling Salon Dressy https://salondressy.wixsite.com/dressy 心と身体の健康を中心とした個人ブログ http://blog.puriet.com/ ◆問い合わせ◆ 相談等、お気軽にお問い合わせください。 purietstyle@puriet.com

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主婦であり母である生活者、家庭経営者として、 当ブログでは主に心についての記事を書いています。 心の相談室 Counseling Salon Dressy https://salondressy.wixsite.com/dressy 心と身体の健康を中心とした個人ブログ http://blog.puriet.com/ ◆問い合わせ◆ 相談等、お気軽にお問い合わせください。 purietstyle@puriet.com